わたしの認定条件。

娘たちの新学期が、始まった、ので

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ここに行きました(笑)

 

あー、やっぱり行ってる!

友人には言われること間違いなし。

 

でも、最近の私にとっては

スタバの居心地は以前とはちょっと違うのよ。

 

誰かや何かに、そして自分自身に。

いい妻、いい母として認められるために

あなたは自分がどうあるべき、と思っていますか?

自分にどんな認定条件を課していますか?

 

 

評価されること、を大事としてきた身として

結婚して母になっても、私は

意識的にも無意識的にも自分に評価基準を課していました。

 

~いい母、いい妻として認められて評価されるために必要な条件~

 

その1。

いつもニコニコ優しい天使のようなおかあさん。

 

その2。

子どもに与えるものは自然系天然系、化学合成系はNG。

 

その3。

手作り最高。手作りこそがいいことだ。母ならそれが出来るべき。

食事はいつもきちんと手作りのものをきちんと出さなければならない。

 

その4。

母親という生き物なら、

子どもの言い分に優しく耳を傾け、寄り添い、何事も受け入れ、大らかに包み込まなければならない。

そして夫にもまた、そうでなければならない。

誰にでも、そうできる人が、素晴らしい。

 

その5。

いつも片付いたきれいな家にしておかなければならない。

そして子供たちもまたそれができる子どもに育てなくてはならない。

 

その6。

子どもは聞き分けの良く、挨拶ができ、成績も良く、お洒落のセンスもそこそこによく、人の気持ちがわかり、友達を多く持ち、親孝行の優しい気持ちをもった子に育てなくてはならない。

そんな子育てができる母でなくては、ならない。

 

その7。

夫のことはいつでも立てなければならない。

 

その8。

多少嫌なことがあっても、笑顔で受け流し夫を送り出す余裕ある女でなければならない。

笑顔こそ最高。

 

その9。

夫や娘たちの要求にでき限りこたえられる器の大きな女にならなくてはならない

 

その10。

人にすごいと言われる、認められるための秀でた「特別」を持ってなくてはならない。

(それで稼げる女性こそ、素晴らしい、立派な、自立したオンナ、である。)

 

以上の条件が満たされない場合

私は認められることができず、場合によって嫌われてしまうだろう。

 

追記:私はいつでも自分のこうあるべき、に忠実に努力しなくては、いけない。

以上。

 

今読むとなんとまぁ、無理難題を自分に押し付けていたんだか(笑)

でも、ほんとにそう思っていたんですよっ。ごくごく真面目に。

疑うこともなく。

 

こんななので、家庭は私にとっては

「頑張らなくてはならない場所」であり

「自分を出せない場」でもあり

時々とっても苦しくなる場所でした。

(これには育った環境でゲットした価値観も、関係あるけれど。)

 

そんな私が逃げ場として愛してやまなかったのが、

 

 

スタバ❤

 

もうやだ、一人になりたい。

もうやだ、自由になりたい。

 

そんな想いで逃げ込んでいたのが、スタバだったんですねー。

ある意味、一人でそっといることが出来るスタバこそ

私にとっての「大事な居場所」であったのだなあと。

はぁ、ここならわたしの本音を私は解放できる。

そんな感じ。

 

でもね。

そんな「ねばならない」も突き詰めると

やりすぎると

もういいや!よくやったここまで!

もう飽きた!

 

って、なる(笑)

うん、なったんです。

 

もう、私は私の思うように生きたい~!

自由になりたい。楽になりたい。

好きなことして、暮らしたい。

 

そんなスイッチが入ったのが、4年前。

 

そこからの毎日、怖々、あぁ、嫌われるかも、

怒られるかも、そんな不安や恐怖を感じながらも

 

でもやっぱり私はこうしたい

 

を選んできました。

 

掃除はしなくちゃいけないものじゃなくて

掃除したい時にする

したくなかったら、しない。

埃で人は死なない。

掃除ができなくても母親も妻も失格じゃない

ってか失格って何だ

 

惣菜食べたって死なない

ダメな妻じゃない

手作りだけじゃなくても美味しく食べればいい

っていうかほんとは私、美味しいのを食べる方が好きで

作るのってそんなに好きじゃなかったのかも

(でも、気持ちが乗ってるとお料理は楽しい。)

 

母親だって嫌だっていっていい

怒ってもイライラしてもいい

いつも笑顔じゃなくてもいい

嫌なものは嫌って言っていい

やりたいことはやっていい

 

夫のために尽くさなくてもいい

(尽くしたかったら尽くしてもいい)

自分を犠牲にしてまで誰かの何かを優先しなくていい

(でも、心からそうしたいなら、そうしても、いい。)

 

妻だけど母だけど

家事も育児も完璧じゃなくていい

主婦だけど、家事放棄する日があってもいい

主婦だけど、好きなことして買い物楽しんでもいい

主婦だけど、さぼっていい。

(もちろん、主婦だからこそ、主婦全うしてもいい。)

 

抱え込んでた「~ねばならない」と逆の

本当にしたい気持ちを大事にしてやってみたら

 

当初こそ

妻の攪乱、いきなり来た妻の反抗期、反逆、裏切り

と感じていたような夫だったけど

 

だんだん、周りが優しく、なったんですねー☆

 

掃除も洗濯も食器洗いもゴミ出しもお風呂洗いも

子どもたちの送迎も、してくれるようになって

 

私が

こうでなくちゃ嫌われるだろう、怒られるだろうと思っていた

真逆なことをしても

どうやら私は嫌われることもなく

むしろ周りに救われるようになったらしい。

離婚届けは今のところ、夫から、突き付けられては、いない(笑)

 

妻と母と全うするべく頑張らなくてはならない

家庭という居場所は

少しずつ

「ぐうたらしてもいい場所」

になり

「自分を出しても大丈夫な場所」になり

 

気づけばスタバに逃げ込むことも、減りました。

 

今日、久しぶりに行った時

 

以前は席につくなりため息をついて

はぁ、やっと、一人になれた

なんて思っていたのに

 

今日はそんな気持ちがなくて

 

「ソイラテ💛」

(好きなの。)

 

にんまりしている自分に気づいてね。

 

スタバは逃げ込む場所じゃなくて

大好きなドリンクを飲みに行く場所

 

に、変わってました。

 

同じ行動なんだけど

この違いは、大きいのよ!(笑)

 

そして、気づいたのは

 

評価基準を越さなかったら

私は認められないって思っていたけど

何のことはない

ただ、あたしがあたしを、認めてなかっただけなんだなー。

自分が自分の最高裁の裁判官になって

裁きまくって判決(もちろん有罪)を下しまくっていただけだったんだな

 

 

ってこと。

 

自分が自分を扱うように

周りはあなたを扱うのよ

 

前言われた言葉がやっと腑に落ちた、瞬間。

気づけば子育てが苦しくて一人で悩んで泣いていた時代とは

全然違う私が、ここにいる。

 

自分で自分に下している、その評価基準は本当に大切?

本当に必要?

 

もし今子育てが、暮らしがなんだか苦しいな

そんな人がいたら

 

一度、自分に課している

認められるための認定条件を

見つめなおしてみると、いいかも、知れません。

 

あっ、でも

夫から絶対に離婚届を突き付けられないかどうかは

保証できません。あしからず。

 

するべき、で生きるより

そうしたいから自分でしたの。

(だからその結果も自分で引き受けるの)

ってさらっと言えるそんな生き方が、いいな。

 

では、また~。

 

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