子育ての幸せ

もはや身長は同じかそれ以上

靴はお下がりさえ私はブカブカになりました。

日本は師弟の文化が色濃く

関係性に上下がつきまといがち

 

反して

 

欧米では両親であっても名前で呼ぶ、など

信頼による横の関係の文化が色濃い。

 

アメリカ発祥のコーチングでは横の信頼関係、、、

どんな人とも、対等、

 

だからこそ

 

ティーチングやアドバイスではない、

質問というコミュニケーションを選択する。

 

以前の私は

いつもどこかで上下を図っていたように思います。

 

親子、先生と生徒

私とあの子の、成績、可愛さ、容姿の淡麗さ、出来具合。

私と彼の、男と女の、強さと弱さ、愛される条件。

できる自分とできない自分。

どちらかがエラくて、どちらかはエラくない。

 

でも。

よくよく、感じてみると

上下関係があるときって、どこかに。。。。

自分の内に、不自然さというしこりが小さくも残る気がします。

 

誰かの上に立とうとしている自分、

誰かの下に自分を下げた自分に対して。

 

どちらにもあると言っていいのは

 

「認められたい」

「好かれたい」

「嫌われたくない」という気持ち。

もし、

すべての関係性から
上下というものが取り払われ、

それぞれが本当に、対等で

互いを心から信頼しあえたなら。

 

その時そこには

どんな関わりが生まれるんだろう。

私たち親子はいろんな時代を経てきたし

喜怒哀楽、いろんな気持ちをそれぞれに出してきたし

そしてまた

喜怒哀楽、いろんな気持ちを、時には隠してきたけれど。

 

私とあなたは違うし

お互いを本当に理解しあうなんてことは

きっと不可能だし

 

互いが本当に理解できるのは、きっと

自分自身の本音だけだろう。
そしてその本音は

互いにとって、時には受け入れがたいものだろうし

 

時には、互いの選択もそうだろうと思う。

 

でも

 

何が一緒か違うかなんて、関係なくて

今この時をそれぞれが生きていることに

安堵とか喜びを感じられる
それでじゅうぶんかもしれないね。
あなたはあなたの人生を進み、

その先には、きっと幸せがある。

いや、もう今も幸せ、きっと。

 

だから、、、、

 

心配するけど、心配しない。

強い子にも弱い子にもしない。

いい子でも悪い子でもない。

私の思う幸せな子にも、可哀想な子にもしない。

 

私を置き去りにして、見える姿そのままで。

 

そういうのが、対等なんじゃないかなって

ちょっと思ったり、します。

 

そんなことは置いといて、

同じことしてても
べっこのことしてても
どこで何してても
キミが好きだ。
キミの人生はハナマルだ。
それでいいかな。(笑)

 

そんな気持ちを、自分に向けているか?
というのも、忘れずにね。

 

夜ドライブの時は、とても楽しそうな二人。

「キミを世界に貫け!キミの本音を世界に貫くんだ!」

そう言って次女を抱きしめたら

「腹減った。それが本音だ!」

だって。(笑)


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