私の子育てを支えたもの。 私の、子育て。これまでの15年を振り返ってみようと思います。ー②


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ライフコーチのあそゆかです。

 

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娘の受験が終わったら、子育てを振り返りたくなりました

シリーズです。

 

シリーズ①はこちらから

 

 

 

 

子育てが始まったのに

我が子が可愛いと思えない。

 

そして

 

そんな自分を誰かに打ち明けることも出来ない。

 

 

夫は当時、交替勤務をしながら

社会人ラグビーの選手としても頑張っていた頃。

 

日勤、夜勤、夜勤明け、休み。そのサイクルの合間に

 

練習があり、試合があり、日々のジョギングやトレーニングがあり。

 

試合前にはピリピリするし、気も使う。

 

だから、夫にも迷惑かけたくない。

 

結婚して子どもができたからって、

好きなことは諦めてほしくない。

 

むしろ、そこはやり通せ。

行って来いと言える自分でいたい。

(変なところで男前。)

 

だから私が妻としてもちゃんとしなくては。

 

そういう気持ちがあるからこそ、

 

夫にも助けて!が言えなかったし

 

まさか我が子を可愛いと思えないなんて、言えなくて。笑

 

 

あの時私は常に

 

良妻賢母 という言葉に縛られていました。

 

母にも、言われていたのもあったかな。

 

「子どもと旦那さんを、大事にしなさいね。」と。

 

 

 

 

どんどん、何かに追い詰められていった、産後数ヶ月。

 

正直なところ

 

子どもをうまなければよかった、と思った事は数え切れませんし

今この子が死んでくれたら、私はきっとすごく楽になると思ったことも、

幾度となくありました。

 

今日一日が、子どもの世話で怒涛に終わる。

 

どんどん孤独になり、家の中にしかいなくて

夕方、くれていく空を見て、切なくなる。

 

そして、そう思うたびに

 

どうしてこんなひどいことを思うんだろうと自分を責め。

 

誰にも本音を打ち明けられない苦しさ。

 

笑顔がどんどんこわばってゆく自分を感じ続けた日々。

 

もちろん、かわいい、って思える日もあるし

笑える日もある。

 

でも、そんな時間は一瞬で。

 

 

今はわかります。

 

 

明らかに、産後鬱だったんだ、って。

 

 

でも、当時はそういう知識さえなく

 

ただただ、不安定な自分自身を責め続ける

 

負のスパイラルにいました。

 

 

 

そんなある日、母が来てくれて。

 

 

そこでも私は、弱音も吐かず、本音も言わず

 

でも、心の内は

 

助けてって言いたい限界の

涙がボロボロ溢れそうな自分と

 

頑張らなきゃという、自分を叱咤する自分

 

私は大丈夫なはず!子育てできるはず!という

負けたくない、下手なプライドを持った自分

 

その、猛烈なせめぎあいを繰り返していて。

 

 

 

「さぁ、今日はもう帰るね。」

 

 

母がそう言って、玄関に行った時。

 

 

もう、耐えきれなくなって

 

私、初めて母の前で

 

ボロボロボロボロ、泣きました。

 

なんで泣いているかなんて言えないくらいの

 

大粒の大粒の涙が、もうね、どんどん出てしまって。

 

 

何も言えず、しゃくりあげるように泣く私と

 

そんな私に明らかに戸惑う母と。

 

 

しばらくして、母が言ったんです。

 

 

ゆかちゃん。

 

あなた、ずっと、我慢してきたのね。

 

ホントは、ずっと、甘えたかったのよね。寂しかったわよね。と。

 

 

 

その一言を聞いて

 

さらに、わんわん、泣いたっけ。

 

 

後日、母は言いました。

 

 

あの時、初めて気がついたと。

 

 

ずっと、この子に我慢をさせてきたんだ

子どもの時から、わがままひとつ言わない子だったけど

いろんな事がありすぎて、お母さんも自分の事で精一杯だったけど

 

自分の子どもがずっと重ねてきた我慢に、

あの日の貴方の涙で、やっと気がついた。思い知らされた。と。

 

 

 

 

ほんとは、母も気づいてはいたんですよね、ずっと。

 

長年の夫婦の不和と嫁姑問題。

夫に愛人(もはやこちらが本気)がいる。そして帰ってこない。

 

自宅にいるのは

 

夫に浮気をされた妻である自分と

息子が他の女性に現を抜かして家庭を捨て

母親である自分まで捨てられたように感じている姑の祖母

 

でも、誰もその話をしない。

みんなが我慢を重ね、口をつぐみ

死んだような空気の家だったこと。

 

そこで、なんとか家族の糸をつなごうと

みんなの気持ちをずっとずっと、探り続け

カバーし続けていた私。

 

 

でも、気づきたくなかった。認めたくなかった。

 

それが、認めるしかない現実に出会ってしまった。

 

母は母で、あの時はとても苦しかっただろうな、と思う半面。

 

 

あの日、初めて母の前で泣けたことが

 

 

長年ずっと、我慢を繰り返し、

自分の感情を麻痺させ続けてきた私をゆるし、

解放するきっかけになったのは、間違いありません。

 

 

それから、でしょうか。

 

 

もともと大学で心理学を学び、

一時期はカウンセラーになることも考えていたので

 

今は誰よりも私が一番、癒やしが必要なんだ、と思いいたり。

 

大学時代に、社会心理学の教授が教えてくれた一言

 

「心理学を学びたいと思う人が、一番心理学が必要なひと。」

 

 

 

誰より何より、

私が自分をもっと楽にしてあげないといけない。

 

 

そして

 

 

今ここで、私が自分の心を取り戻すことが

 

我が子のためにも、絶対必要なことは、何より分かっていて。

(頭の理解でも、心理学をかなりマジメに学んでいたので。)

 

 

私は今、この自分を、

なんとかしないといけない。

我が子のために。

 

 

その思いだけは、猛烈にありました。

 

絶対、なんとかしないと、と。

 

 

そう気づき、

そこから少しずつ様々な療法や子育てメソッドを試す日々が、スタートします。

 

つづく。

 

 


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